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わが子の死をみつめて
by アラスカ
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◇ 追想 ◇
30才を過ぎて初めて待望の子供を授かった嬉しさ。子供のベッドや服やチャイルドシート等、すべてをそろえて名前も決め、誕生を本当に楽しみにしていた私や家族。つわりで食事ができなかったり、お腹が大きくなって動きにくくなったりしながら9ヶ月もはぐくんできたいとしい命。まさか9ヶ月にもなって失ってしまうとは思いませんでした。
手のこんだ料理を作ってあげたいとか、このおもちゃで一緒に遊ぼうとか、お年寄りや動物とのふれあいを大切にしていこうとか、具体的なことをあれこれ考えていた私。生まれるばかりだった赤ちゃんを失いながらも、赤ちゃんの声が聞こえる病棟での入院生活を余儀なくされた私。退院後に主のいないベビーベッドを見たときの私。
子供の死は残された者へ大きなダメージを与えます。私は子供を失った肉親の悲しみは、想像できないほど深いことを身をもって知りました。
現在の私は、町で赤ちゃんを抱いた人を見ると、つらくて顔をそむけてしまいます。でも気がつくと、その赤ちゃんを目で追っています。母乳が出ても飲ませる子供もいないので本当に切ないです。
子供を失った苦しみと悲しみと喪失感でいっぱいです。つらくて眠れない日々を送っています。生涯悔いと傷が残り、忘れることができません。今後幼い子供を見ますと、子供が生きていればこのくらいの年令になるでしょうにと、一生考えるに違いありません。
こうした精神的苦痛から逃れるために仕事にうちこみたいです。しかし、職場で色々尋ねられることを考えると、ぞっとします。だからもとの職場に復帰することは、ままなりません。
では、次の子供を作ったら良いと考えられるかもしれませんが、そうはいきません。対応が遅れ、おおごとになったためドクターストップがかかっています。その上生理すらまともに来ません。だから子供が欲しくてもかなわないのです。
◇ むすび ◇
このように私は毎日鬱々として暮らしています。しかし生きている以上、用事はあります。TO病院は市役所や保健センターの近くにあります。このためMi市在住の自分はしばしば新しくて大きなTO病院が見える場所に行かねばなりません。
しかしこの一件があったため、病院の近くに行くことすらためらわれます。TO病院に隣接する市立図書館へすら行けず、わざわざ市外の図書館に行かねばならない苦しさを考えてみてほしいです。
TO病院の対応によって心的外傷をこうむった人間が存在するのです。だから、病院は命を失うことはよくある、と軽く考えないでもらいたいです。
先日そちらの医療従事者が、「貴重なご意見をありがとうございました」といいました。しかし、この意見は私と私の子の血と肉と命です。一言でさらりと流さないでほしいです。そして、自分が体験した死を思い出してほしいです。まして私の子のように、やむを得ない死ではなく、まぬがれることができた死が身内にあったならば、どんなにつらく納得ができないことか。そしてどれほど命を粗末に扱う対応が許せないことか。それを考えて病院を変えてほしいです。
今後の地域医療のため、思いかえすのもつらいことを思い出して書きました。だから重く受けとめてほしいです。
今日は9月11日です。子供の誕生予定日でした。嬉しさでいっぱいになりながら子供を抱けた日であろうに、私はこんな淋しい文章を綴らなければならない……。
私は今後この病院にかかりたくない―。
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